A:流浪の王子 アンガダ
野獣ヴァナラの群れにおける、ボスの座を巡る争いは、非常に激しい。時には、命に関わる事態にさえなるそうだ。
そのため、若いヴァナラは、一時的に群れを離れ、単独で生きることで、生存能力を磨くという。強大なボスの血を継ぐ「アンガダ」も、習性に従い、現在は単独で修行の身だ。
しかし、その力はすでに父を凌ぐほどのようだな。
~クラン・セントリオの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
ヤンサにヴァナラというヤンサ原産の野獣が生息している。
肉食であるヴァナラは、動物はもちろん人をも襲う獰猛な性格で殺傷能力の高い一撃を持っているため、かなり恐れられている危険生物だ。体は漆黒の体毛に包まれ、獅子のようなタテガミを持っていて見た目は獅子に近いが禍々しい顔をしていて、体は獅子より一回り以上大きく、しかもしなやかで身軽だ。
まさにハンターと呼ぶに相応しい。
その一族に若いヴァナラが居た。
族長を父に持ち、幼いころから才能を開花させ、成獣となる前から群れでも屈指の戦士となった。肉体的にも恵まれ、他のヴァナラを寄せ付けない強さを持っていた。
例えばある時、ヴァナラの群れを恐れた「人」が冒険者を雇い襲ってきた事があった。冒険者たちは大人のヴァナラたちが狩りに出ている隙に女子供の残る群れに襲い掛かった。
その日は前回の狩りで大活躍した息子に休みを取らせようと考えた長の言い付けで、たまたま狩りに参加していなかった彼が群れには居た。彼はたった1匹で戦い慣れした冒険者の相手をし、圧倒的な力で冒険者たちを倒し群れを守り切ったことがある。彼は次期族長に最も近い存在であったし、群れの誰もがそれを信じて疑っていなかった。
そして時は流れ、彼は成獣となった。
父である族長も年を取り、そろそろ次期族長を決める時期が近づいて来た。ヴァナラの群れでは最も強い成獣が群れの長になるしきたりがある。時にその座を巡る争いは命懸けの戦いになる。そのため、族長候補の若い雄は一時的に群れを離れ、単独で生きることで、生存能力を磨くのだという。例え族長候補間の力の差がはっきりしていたとしてもこの儀式は省略されることはない。それは一族が古来から脈々と続けてきた習わしだ。
彼は新月の夜、年老い弱り始めた父に代わり新たな長となる為、群れを離れ独り旅立った。幼い頃から群れから離れて暮らしたことのない彼にとって一人旅は過酷なものだった。
他のモンスターや猟人との生死を分けた戦いを繰り返し、体に傷は増えた。
傷付いた時や疲労がたまった時にはどうすればより早くより良く体力が回復するのか、そういう生きるための知恵もついた。
自覚こそなかったがその力はすでに父を凌ぐ程成長していた。
どんどん力を付けていった彼だが、日が経つにつれ群れが恋しくて堪らなくなった。恐らく彼にとっての試練はそういった精神的な成長の方が重要だったのかもしれない。とにかく一日も早く誰もが納得する功績をあげ群れに帰りたかった。
そんなある日、森の奥で彼は別のヴァナラの群れと遭遇した。
自分の群れと比べその規模は明らかに小さいが、その群れの長は逞しく、大きい。この群れの長を倒し、自分の群れとして連れ帰れば大きな功績になる。彼はこれをチャンスと捉えた。
彼は牙をむき、大地に鋭い爪を立て、武者震いを吐き出すように大きく吠えるとその群れの長に向かって走り出した。
歴戦の長との戦いはさすがに力が拮抗し熾烈なものとなった。戦いは半日以上続いた。お互いに体力の限界を感じたその時、一瞬だが歴戦の長に隙が生まれた。彼はそこを逃さなかった。彼の鋭い牙が長の喉元に食い込み、前足の爪が腹を引き裂いた。激しい血しぶきを浴びながら、彼はついに爪と牙で自分の群れを手に入れたのだ。
彼はヴァナラの習わしに従い、父の群れの長を正式に継承したら迎えに来る事を自分の群れに示し、帰路についた。
誇らしかった。早く帰って胸を張って報告したかった。
早足で帰路を急いだ彼が父の群れの縄張りに入った所でテリトリーを荒らす2人の冒険者を見つけた。
自信に溢れる彼には人種の雌が殊更小さく貧弱に見えた。一人は剣士、もう一人は恐らく魔法の使い手だろう。
以前の彼なら一旦見逃して群れに帰り、仲間を引き連れて迎撃に来ただろう。また彼がもう少し冷静であれば相手の力量を測り判断するくらいの能力は充分に持っている。
だが、より多くの功績をあげ父を超える強大な長として群れに戻りたい、その焦りがいけなかった。
彼はもっと慎重に襲いかかる相手を見極めるべきだった。
残念だが、彼が長になる事はもうない。